宗教法人・布教・神社・仏閣の商標登録とは何か、が分かる

争いとは関係がないと思われる宗教関係の世界ですが、実は実務上は商標権の権利侵害の問題が発生する場合があります。特に宗教法人の運営者や宮司・住職の方々は神社仏閣の名前に商標権が設定できることを知っておく必要があります。さらに重要な点は、宗教施設をいくら永い間運営しても、商標権者にはなれない点です。商標権は特許庁に先に権利申請した者に与えられる制度ですので、何もしなければ商標権が得られません。油断して、他の宗教法人に大切なネーミングやマークの権利を取られないように注意しましょう。

初めに

神職を担う宮司の方や、仏殿を預かる住職の方がご自身のこととして関連する意外な法律があります。

それが商標法です。

ただ、商標法は耳慣れない法律だと思います。宮司や住職の方々とは直接関係のない法律のように思えるからです。

この商標法は、実は、神社・仏閣への参拝者が増加したり、神社・仏閣自体が有名になってきたりした時に初めて威力を発揮する法律です。

実は多くの宮司や住職の方々は、ご自身の宗教法人や神社・仏閣の名称に商標権を設定できることをご存じありません。

また宗教法人や神社・仏閣の名称に商標権を設定できることを知っていたとしても、なぜ商標登録しなければならないのかの理由も非常に分かりにくいです。

そもそも宗教法人や神社・仏閣はそれぞれ棲み分けや系統分けが進んでいて、宗教法人同士が対立する関係には基本的にはないからです。

このため布教の一定圏内に同じ名前の宗教法人が存在しなければ、神社・仏閣ネーミングに重複があったとしても特に問題は生じないように思われます。

宗教法人のネーミングに権利があったとしても、布教範囲が分かれているがゆえに、特段争いに発展する原因にはならないと思えるからです。

また宗教法人の運営を始める際には近隣地域に名前の同じ名称の神社仏閣がないか注意していると思いますが、最初の段階で特に問題がなければ、以降は他の宗教施設の商標に注意を払うことはなくなると思います。

ところが、

(a)商標法のことを知らない場合
(b)商標の重複があったとしても布教範囲が分かれているため実害がない場合
(c)最初に商標の問題がないことを確認した場合

のいずれの場合であっても、実は商標法違反で訴えられることがあります。現代においてある意味、知らないというのは罪です。もしこれらの事項について知らなければ、他の宗教法人から宮司や住職の方々が攻撃を受けることになってしまうからです。

これらのことを宮司や住職の方々がご存じであれば、今度は立場が入れ替わって他の宗教法人から権利侵害で訴えられることを未然に防止できます。

(1)宗教法人を商標登録すれば何ができるのか

(A)宗教法人のネーミングを商標登録により独占できます

神社・仏閣の名称について商標登録できたなら、その神社・仏閣の名称について宗教関連の業務に使用できるのは宮司や住職の方々ご本人だけになります。

(B)商標権の存在を知らない場合でも、権利行使ができます

商標法の枠組み上、商標権の権利行使ができるかできないかの条件は、宗教関連する業務で、登録された商標と似ている範囲の商標を使用していることだけです。商標権を侵害した側が登録商標の存在を事前に知っていたかどうかは権利行使の条件になっていないのです。

すみません、商標権が存在するなんて知りませんでした、という言い訳は通用しない、ということです。

(C)民事上と刑事上の対応策を採ることができます

商標権が侵害された場合、民事上の対応策と、刑事上の対応策を採ることができます。

民事上の救済措置としては、神社・仏閣の名称の使用をやめさせる使用差止請求や、これまで神社・仏閣の名称を無断で使用していたことに対する損害賠償請求等が挙げられます。

特に損害賠償請求については、過去3年分に渡って請求することができます。

また刑事上の救済措置の一例としては、懲役10年以下、侵害の当事者は罰金1000万円以下、法人が絡んだ場合には罰金3億円以下の刑罰が課せられる場合があります。

(D)商標権は商圏の枠組みを超えて行使することができます

商標権の効力は商圏や都道府県の別には全く関係がありません。日本全国、日本の法律がおよぶ範囲内であればどこでも権利の効力がおよびます。

このため、例えば東京で神社をお守りしている宮司の方が、北海道在住の商標権者から神社の商標使用差止の攻撃を受ける場合があります。布教地域の範囲が重複しているかどうかに関係なく攻撃がくることが特徴です。

(2)神社・仏閣の名称の権利発生時期の注意点

(A)開業時には問題がなくても後から商標権侵害で訴えられる場合がある

宗教法人の名称について、開業当初、商標登録の問題がないことを確認した場合であっても、後から商標権侵害で訴えられる場合があります。

商標法の枠組みでは、商標権者になることができるのは、最初に神社・仏閣についての商標を使用したものではなく、その商標について、最初に特許庁に願書に提出した者になっているからです。

宮司や住職の方がご自身の神社仏閣のネーミングについて商標登録を済ませていない場合、そのネーミングは後から他人によって商標登録されてしまう可能性がある、ということです。

多くの開業されている宮司や住職の方々は、実際に商標登録のトラブルが発生して初めてファーイースト国際特許事務所に相談に来られます。

商標登録の制度が最初に使ったものが勝つ制度ではなく、先に商標登録をした者が勝つ制度であることを事前に知っていればトラブルに巻き込まれることはなかったのに、と思えるケースがほとんどです。

ちなみに開業時の時点で存在する商標権を洗いざらい調べてみたが、問題となる商標権は存在しなかった。それにも関わらず後発的に発生した商標権で以前から使っていた神社・仏閣の商標が使えなくなるというのは納得できない、という宮司や住職の方々も多いと思います。

この法的措置は適法です。過去において存在しなかった事後の法律の規定によって、過去の行為を裁くのは原則としてできません。しかし後から法律が発生したため、ある時点を境としてそれ以降の法の枠組みが変更される場合は普通にあります。

例えば、昔はシートベルトを締めなくても誰からもとがめられることはなかった時代が過去にありましたが、現在ではシートベルトをしていないと警官に車を停めさせられる例があります。

(B)参拝者が増えてきたとき、有名になったときは要注意

参拝者がそれほどでもない時期は、商標権侵害で訴えられるケースは少ないです。損害賠償請求しても侵害者側の売上が少ない場合には裁判費用も取ることができないことになるからです。

反面、有名になってくると、商標権侵害の問題が発生したこと自体がこちらに不利な材料になります。商標権侵害という法律違反をした事実を外部に漏らしたくないという心理が働くからです。

こちらの売上が上がるのを待って、こちらが心理的に不利な状況になるのを待ってから相手側の攻撃が始ります。

(3)商標登録できない宗教法人の商標

商標登録の対象となる商標は、漢字・ひらがな・かたかな・アルファベット等の文字、記号・数字、図形・マーク等からできているものです。

注意しなければならないのは、特許庁の審査に合格できない宗教法人の商標です。

(A)宗教業務の内容をそのまま説明する商標

例えば、「宗教法人」、「神社」、「仏閣」、「宗教談話」等の商標は、特許庁に商標登録出願することはできますが、いずれも審査に合格することができません。これらの商標は、宮司・住職の方々全体が使用する必要のある言葉であり、一人の商標権者に独占させる理由がないからです。

(B)他人の氏名を含む商標

他人の氏名を含む商標も、特許庁の審査でストップがかかります。例えば、商標「東京太郎神社」について特許庁に商標登録出願をすると、他の「東京太郎」という氏名の全員から商標登録の許可をもらってきなさい、という指示が特許庁の審査官からくる場合があります。

通常はこの審査官からの要求に応えることができません。他の東京太郎との名前の方は、自身に関連する商標を使用できなくなる状態をはいはいと受け入れることはないからです。他の同姓同名者の同意が得られなければ、商標登録の審査に合格することができません。

(C)他人の商標権に抵触する内容の商標

商標権は最初に特許庁に権利申請した最先の出願人のみに与えられます。同じ内容の権利については、二番手以降の申請は全て拒絶されます。

ちなみに現時点で、宗教活動に関連する商標権は3万1千件以上あります(宗教関連の儀式に限定。その他の布教関連業務を除く)。宮司や住職の方々が自由に使うことができない商標は3万件以上あることは覚えていてください。

(4)布教についての権利申請の注意点

商標登録出願の際には、宗教法人のネーミングやマーク、ロゴなどの商標だけではなくて、その商標を使う業務範囲を明確にしておく必要があります。商標法では業務範囲ごとに商品・役務(サービス)について第1類から第45類の商標区分が設定されています。

これらの商標区分の中から宗教法人、神社、仏閣の業務にぴったり当てはまる区分を選択します。

宮司・住職の方々の取得すべき商標区分は、神社、仏閣の業務が何を専業にされるのかによって変わります。それぞれの代表例は次の通りです。

(A)布教に専念する場合の商標区分

布教に専念場合の商標区分としては、例えば次のものがあります。

  • 第41類:宗教に関する知識の教授及び思想の教授

(B)宗教儀式に専念する場合の商標区分

  • 第45類:宗教儀式の実施 宗教集会の運営

(C)おみくじなどの商標区分

布教や儀式の業務は、商標法上は役務(サービス)として位置づけられています。布教自体は売買の対象とならず、知識や儀式の役務を提供すると考えるわけです。これに対しておみくじ等の商品の商標区分としては、例えば次のものがあります。下記の商品区分は、宮司や住職の方がこれから販売するための区分です。このため参拝客に商品を販売しないのであれば取得する必要はありません。

  • 第16類:教義を記載した書籍
  • 第21類:おみくじ 破魔矢 お守り

(C)宮司・住職の方々に対するコンサルタント関連の商標区分

布教ではなく、宮司・住職の方々に指導する立場の方は商標区分が異なる点に注意してください。

  • 第35類:市場調査 経営の助言
  • 第36類:事業資金の調達に関する情報の提供
  • 第41類:知識の教授 セミナーの開催

なお、商標登録の際に指定しなかった区分については権利が未取得の状態で残ります。このため第三者が商標登録出願すれば、指定しなかった区分の商標権を取られてしまう点にも注意が必要です。

(5)宮司・住職の方々が商標登録する理由

宮司・住職の方々が商標登録する理由は次の通りです。

(A)宗教活動中の商標を巡るトラブルに巻き込まれないため

先に説明した通り、先に商標登録をした者が権利者になります。このためどれだけ宗教法人の商標を使い続けていたとしても商標権者になることはできません。商標登録の手続を完了しない限り、他の宗教法人からの商標権による攻撃の可能性が残ります。

(B)築き上げた実績の横取りを未然に防ぐため

宮司・住職の方々がこれまで堅実に布教を続けてきた結果、地域の方々から信頼されるようになってきました。ところが近所に開業した同じ名前の宗教法人が怪しい教義を広め始めた場合はどうでしょうか。教義内容がずさんな神社仏閣に対する風評がこちらに対して影響を及ぼすことが考えられます。

仮に商標権を保有していない場合には、相手はこちらからの神社仏閣の名称変更の要求を受け入れる必要がありません。どちらも宮司・住職のとしての立場は同等なので、一方の意見を他方が受け入れなければならない強制力がないからです。

これに対し商標権を持っていればこちらが正当権利者で、相手方は法律の違反者という立場になります。しかも商標権による差止請求権は日本国により保証されています。

(C)次世代へ実績をつないでいくため

宗教法人の後継者問題で紛争が生じた場合でも、商標登録されている宗教法人の商標を使うことができるのは商標権者だけです。

しかも商標権は10年毎の更新申請を失念しない限り、理論上は半永久的に権利が存続します。

このため宮司・住職の方が一線を退いた後でもご自身の意向通りの代表に対して商標権のライセンスが可能であり、宗教法人の経営が第三者に乗っ取られる事態を防ぐことができます。

さらには商標権は有償の移転という形で売買も可能ですので、後継者にこれまで築きあげてきた実績を売却することも可能になります。

ファーイースト国際特許事務所

平野泰弘所長弁理士