(1)間違えた商標を差し替える補正を行いたい
商標を間違えて出願した場合にはどうしたらよいか
結論からいうと、商標を間違えて出願した場合には、ほぼ回復手段がありません。
特許庁に商標権を得るための出願を行ったあとで、やっぱり別の商標に差し替えたいと気付く場合とか、本来なら商標Aの画像で出願すべきであったところ、間違えて修正前の商標Bで出願してしまった場合とかがあると思います。
ところが特許庁では商標自体のあとからの変更を承認しないのです。
願書に記載した指定商品若しくは指定役務又は商標登録を受けようとする商標についてした補正がこれらの要旨を変更するものであるときは、審査官は、決定をもつてその補正を却下しなければならない。
商標法条文 第16条の2より引用
特許庁に提出した書類をあとから直したいときは、特許庁に手続補正書を提出して間違った箇所を補正します。
しかし、商標の申請書類の補正について、特許庁の商標審査官が要旨を変更するものであると認定すると、その補正行為自体が却下されてしまいます。
特許庁にした補正が却下された結果、補正をしていない状態にまた戻ってしまいます。
要旨の変更とは、願書に記載した商標を別の商標に改変することを意味します。
このため、たとえば、商標の一部分を削除する補正、商標に別の要素を追加する補正、文字情報を書き換える補正、色を変更する補正等は全滅になります。
要旨変更を特許庁と争うよりも
結局、商標自体の変更は原則として認められていないのですから、特許庁に対してこちらの希望する補正が要旨変更かどうかを争うのはあまり良い作戦とはいえません。
商標の間違いに気付いたときはどうすればよいか?
間違えに気が付いた時点で、できるだけはやく、また新たな商標の出願をやり直すのが、急がば回れの格言通り、有効な手段になります。
なぜ商標の要旨変更を認めないのか?
商標の願書は、特許庁で審査を受けるための試験答案であると考えると理解しやすいと思います。
審査対象が一つに固定されない場合には審査結果が商標の変更前後で変わる可能性があります。このため補正を自由に認めると補正されるたびに審査のやり直しになり、いつまでたっても審査が終わらないことになります。
日常の世界でも一度提出した試験答案は、後からの書き換えは一切認められません。商標の場合もこれと同じです。
要旨変更を認めると、実務上、深刻な問題が生じる
それだけではありません。仮に要旨変更をしても構わないとなると、不正な行為が実現してしまいます。
例えば、毎年決まった時期に新車の発表をする自動車会社Aがあったとします。このA社の新車発表前に、悪い第三者が、とりあえず適当な商標登録出願をしておきます。
そしてA社の新車発表のニュースを聞いてから、先に出願しておいた商標の内容を、この新車の内容に補正します。
仮にこの補正が要旨変更に該当せず、認められるとしたら、A社は新車の販売をストップされてしまうことになってしまいます。商標が後から改変された商標権により、差止請求が認められることになるからです。
悪い第三者にこのような行為が認められたとしたら、我が国の国民は納得しないでしょう。
要旨変更に該当するような補正を認めると、実際に問題が生じます。この点まで考慮して、商標についての補正が制限されているのです。
(2)間違えた指定商品・役務を別のものに差し替える補正を行いたい
願書に記載した指定商品や指定役務を、別の商品・役務等に差し替える補正も、商標の変更の場合と同様に認められません。
指定商品や指定役務の補正についても、たとえば、商品や役務を変更する補正、商品や役務を追加する補正等は全滅になります。
指定商品や指定役務の補正は、個々の指定商品や指定役務を一部削除する補正とか、区分をばっさり削除する補正など、権利範囲を狭くする補正の場合には認められます。
また、明らかな誤記の場合も補正が認められる場合があります。
指定商品や指摘役務の間違いに気付いたときはどうすればよいか?
明らかな誤記を発見した場合には補正できる余地があるので、審査官と打ち合わせます。
それ以外に、例えば、指定商品や指定役務のうち、権利申請しなければならないものが願書の記載に含まれていなかった場合には、回復手段がありません。
間違えに気が付いた時点で、できるだけはやく、また新たな商標の出願をやり直すのが、やはり最善の手段になります。
(3)補正の効力の発生時点に要注意
手続補正の効力は特許庁受領時点で発生
実務上、一番恐ろしいのは手続補正の効力が提出した補正書の特許庁受領時点で生じる点です。
手続補正の効力をパソコンのキー操作に例えると、特定のキーを一つ押しただけで、パソコンのハードディスクの内容が全て初期化されてなくなってしまう。それくらいインパクトのある効力なのです。
例えば、指定商品「電子出版物,眼鏡,録画済みDVD」のうち、「眼鏡」を削るつもりなのに誤って「電子出版物」を削除する手続補正書を特許庁に提出した、とします。
手続補正書が正式に特許庁で受理されてしまうと、受理された時点で商標登録出願の権利内容から指定商品「電子出版物」の権利が消えてなくなります。
後で気が付いて、特許庁に泣きついたとしても消えてしまった「電子出版物」の権利を取り戻す回復手段はありません。特許庁の担当官は電話で「お気持ちは理解できますが・・・」、と同情はしてくれます。
けれども特許庁内部でも適法に効力が発生してしまった手続を、担当官一人の独断で後から改変できる権限があるわけではないです。
必要な指定商品等を削除した補正をした場合はどうすればよいか?
これも上記の場合と同様で、気が付いた時点で、即、また新たな商標の出願をやり直す他ありません。
実務上、見逃しやすい手続補正の事例
権利申請した商標登録出願の指定商品・指定役務の内容が次の図1の内容であったとします。
図1 権利申請時の指定商品・指定役務の内容
申請する権利内容の中の指定商品「眼鏡」が不要だったので、第9類の指定商品のうち、「眼鏡」を削除する補正を行います。
図2 不要な指定商品「眼鏡」を削除する手続補正書
たしかにこの手続補正書により指定商品「眼鏡」は削除できます。
しかし、それよりも、第42類の区分の権利内容全てが削除されていることにお気づきでしょうか。
図2の補正の仕方では、指定商品役務全体を指定してしまっています。このため、第9類だけを補正すると、手続補正書に記載しなかった第42類の部分は全て消えてなくなるのです。
図3 本来ならこうすべきであった手続補正書
図2に書いた手続補正書は特許庁に対する手続としては適法なものであり、どこも間違っていないため受理されて効力を発揮します。
けれども本当に実現したかった手続補正は、第9類についてのみするものであり、第42類全体を削除する補正ではありませんでした。
この場合には、図2に書かれている手続補正書の内容ではなく、図3に書かれている手続補正書の内容により手続を行う必要があります。
図2と図3の違いに特に着目してください。
(4)まとめ
パソコンの場合は、データを誤って消してしまったとしても、バックアップを取っておけば復旧できます。
しかし商標登録出願の手続の場合は異なります。やってはいけない手続補正を行ってしまった後に、時間が経ってから担当官に泣きついたとしても、特許庁といえども、裁判所といえども、してくれるのは同情だけです。
特許庁への手続は細心の注意を持っておこないましょう。
ファーイースト国際特許事務所
所長弁理士 平野 泰弘
03-6667-0247